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わたひめ

Author:わたひめ
高校2年生の天然息子と、中学2年生の小姑娘の母親です。
関西出身東北在住17年目、笑門来福、日々是精進の日記です。

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マンパワー 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
いろいろあって、
その辺ホントに凹むのですが、
まだ仕事に行けてません。
どんどん鬱鬱してくるので、
身の回りから動いていました。

やっぱり私は、動いてないとダメなんですね。

今この町には、
ボランティアなどでたくさんの方が他所から来ています。
そういう人々と話をすると、
もう、ほんとに、
サクッサクッとかみ合って、
トントンと膨らんで、
みるみるうちに形になるんです。

気持ちいい。
仕事は斯くありたい。

平時も復興も、大切なのは、マンパワー。

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東日本大震災 | 17:35:12 | トラックバック(0) | コメント(1)
静かな午後 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
お盆前に自宅へ戻ってから先週末まで、
20日弱の間に入れ替わり4人の方が泊まってくれました。
私が不在の間にも、
たくさんの方々が来てくれたと聞いています。

この、地震直後継続CHUな部屋に!!!TT

な、脱力感もありつつ。
まぁまぁ、この20日間も大差ないけど。^^;

たくさんの方々に、深いご恩を感じています。
この気持ち、表現しきれないのですが、
次が来たら、
いや、全く来なくていいけど、
今度は私たちの出番ということです。


家具職人の弟は、今回も家具作りでボランティア。
限られたスペースの仮設住宅、
収納やジャストサイズの家具を喜んでもらっていました。
人の笑顔を作れる仕事、素敵ですね。
手に職って、やっぱすばらしい。

パソコン机

わたし的ヒットは、この座卓のパソコン机。
上にはちょっとした本や資料を乗せる棚。
友人の希望でした。
机や棚の高さも彼女の背丈を考えて調節していました。
木の色、香り、自分スペース。
生活の一助になれば嬉しい。

本棚

ウチには子供部屋を仕切る大きな棚を作ってくれました。
同じ物を2つ、互い違いに置いてます。
息子11才、娘8才。
そろそろ仕切りが欲しいお年頃ですから。
棚のおかげで、
仕切られながらも、お互いの空気を感じられる部屋になりました。
仮設生活の気苦労を想像し、日常に感謝して。

貴重な夏休みを使って来て下さった友人を、
娘が一覧表にしてました。
みっちゃん、おっちゃん、
たっちゃん、ひらいしん!

ココ!

ココ!^m^

楽しい時間を、癒しのひとときを、
ありがとうございました。
またお会い出来ることを楽しみに~!!

東日本大震災 | 20:10:27 | トラックバック(0) | コメント(1)
N響とひまわり 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
今日は、小学校にN響が来てくれました。
金管五重奏でした。
透き通ったクラシックに、心も透明になって、
洗われるってコレだ!と思いました。
聖者の行進で、
一番前のちびっ子達がノリノリで、
被災地ならではのN響よねぇ~と見てたら、
その集団の真ん中で飛び跳ねる娘を発見し、
一瞬冷や汗も出たけれど、

あぁ、戻ってきて良かった・・・と思いました。

私も久々にたくさんの友達に会えて嬉しかった!
友達とお喋りしながら炊き出しの列に並んで、
あぁ、テレビで見てた風景だ、と思って、
戻ってきたという現実感がわいてきました。
つくづく鈍感。^^;;;

大人は、守るものが多くて悲観的、保守的になるけれど、
子ども達の柔軟性を見習って、
地に足付けて今日も一日。


こちらへ戻って、最初に見たひまわり、
ひまわり1

根っこを張る土は、地面から浮いているのに、
でも、スックと立ち、凛としていました。
かっこよかった-。

このつぼみ、今は全部満開です。
そして、この時に咲いていた花は、
現在、次世代熟成中。

ひまわり2

被災地、前に進んでいますよ。
ゆっくりと、でも、確実に。

ひまわりに、つづけ!^^)/

東日本大震災 | 06:33:33 | トラックバック(0) | コメント(2)
娘のサマスク 「子育て奮闘記f(^_^;)(352032)」
息子がサマーキャンプへ行き、
息子だけが行き、
兄より自立度の高い娘が、だまっているわけがありません。
でもそのキャンプ、参加資格は小学4年生以上。
地団駄を踏んでも、小学2年生、無理は無理。

で、見つけてきましたよ、低学年用のキャンプ。
「伊賀の里で忍者体験」
っての。
忍者?
忍者服を着て、からくり城をまわったり、手裏剣を投げたりするらしい。
そんなん興味あったのかー!
娘の新境地だ♪って、喜んで送り出しました。

が。

今日、荷物を整理していたら、その時の記録が出てきました。
娘にしてはアクティブな忍者体験でしたもの、
何が楽しかったのかな?って、
ワクワクしてのぞき込むと、
問い、
「おともだちと力をあわせてやったこと」

娘のこたえ、

娘のサマスク

「にんじゃやしきで、やった」

忍者屋敷で、


 殺った?! Σ(・ω・ノ)ノ!


って、なに。

忍者屋敷やし。
句点のタメがリアルやし。

そして、続く問い、
「じぶんががんばったこと」
のこたえ、も、

「にんじゃやしきで がんばった」

やし。

やる気ねぇ~~~~~~~~!!!(T△T)

子ども達 | 16:17:03 | トラックバック(0) | コメント(1)
高速道路のICで 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
関西の避難地から、東北の被災地へ。
お盆前に高速道路をばく進しました。

避難生活4ヶ月、季節は移ろい、転校もしたりで、
物が増えていました。
宅急便で5箱送っても、車の荷台はパンパンになってしまい、
送ってよかったなぁと自己陶酔
していたら、気づいた!

高速料金無料になる書類、宅急便に入れちゃった!!!

時は既に出発の朝。TT

避難するときは、
ETC割引とか休日割引とか考える余裕がなくて、
高速料金1万5千!
これが、正当な理由で無料になるのに。
思い出したのは、2年前
大事大事!って思っていると、忘れちゃうんだ。
ホント、残念な私。

でも。。
高速道路に入るとき、ICの事務所へ行って、
何とかならないか聞いてみました。

どうにもならなかった場合にETC割引が効くようにと、
ICに行ったのは午前2時。
タオルを首に巻いたスッピン女が、
家財道具満載の東北ナンバーで、
深夜、切実に訴える。
コワいですね、ええ、本人でさえ。

でもそんな切実な悪あがきに、
職員の方が響いてくださり、一筆書いてくれました!!!
そして、freeになったんです!
あぁ~、神さま。
神はいますね、ICに。^^
書いてもらったとき、無料になったとき、
2回も喜び、得した気分。

先日、そのIC宛にお礼状を出したら、
丁寧なお返事をいただきました。
「私も若い頃に愛媛から来ました」
って。
お世話になった方にも
鹿児島出身の方がいらっしゃいましたし、
友人には、地元を離れている人の方が多いくらいです。
あぁ。
故郷を離れて暮らすのは、私だけじゃない。

がんばろう。

東日本大震災 | 17:32:19 | トラックバック(0) | コメント(0)
お酒 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
北海道の男山をたくさんいただき、
宮城のお酒を三種もいただき、
楽しいお客さんと、
うほうほな日本酒の香りに包まれていたら、

一升半が、一晩で消えました。

どこへ行ったのかな?(* ̄∀ ̄*)


久々に飲んでしまいました。
翌日は午後から出動になりました。

まぁ、いろいろ、いろいろ、
心を病むことがあるのですが、
楽しく美味しいお酒でした。

それ、いいじゃん♪^^

東日本大震災 | 17:31:43 | トラックバック(0) | コメント(3)
スマップ 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
昨日は、町に、スマップが来ました。
ええ、ボケなしですよ。
スマッピも、スマッペも、スマプップも、違います。
あの、SMAPです。
なかいくん、しんごちゃん、ゴローちゃん、くさなぎくん、
そして我らが木村拓哉さまも、
5人そろって。
被災地ってすごいですね。
この5人がスケジュールを合わせるのって、
惑星直列並みに大変らしいのに。

連絡が来たのは、当日朝。
混乱を避けるための配慮らしいですが、
もう、メール見た瞬間から超freeですね。
夏休み終了までカウントダウンで、
準備に出かけようと思っていたのですが、
やっぱ、
新学期よりスマップ。おぃ。

しかし。
勢いづく俗世の母親を横目に、
高みから見下ろす子が、二人。
「ええー、しらな~い~」の娘に、
「世界に一つだけの花は好きだけど、どうしよっかなー」
の息子。
このバチあたりがっ!!!
え?
まさか、行かないの選択はアリですか?

出鼻を挫かれましたが、
数分後から鳴り止まないメール受信音。
ママ友達から。
持ち物は、水筒と、色紙とペンと、
服装は白いシャツがいいよ!(サインもらう)とか、・・・
  →色紙が家にあるなんて。
   被災地、イベント経験値、高っっ!
行っちゃえば入れてくれるんじゃない?とか。

そう。保護者NGだったのです。
招待されたのは町内の小中学生だけ。
小学校から大型バスで会場まで送迎してくれるらしく、
親は小学校まで。
会場には来ちゃダメって言われてました。

スマップ、ど真ん中は私たち世代じゃ?ブーブー。

と、思いつつ。
子ども達も、
友達が行くなら行こうかな♪と乗り気になったので、
その一瞬逃さず、
母の思い、子に託し。(どうしろと^^;;;)


帰ってきた子ども達、目が輝いていました。
娘は「キムタクと握手した手で握手」
というプレゼントをくれました。
いや、嬉しいよ、母は。

「あ、キムタクの後に、
 ○○ちゃんと手、つないじゃった!」

と、しても。TT

息子はしんごちゃんが一番好きだって。
目標を見えて夢に近づいたかなぁ~!
なんていうから、
なに!?まさかの芸能界狙い!?
と驚いたら、

「面白い人になること」

だって。
ま、面白いけどね。天然なら。^^;;;

本物を見て、空気を共有して、
場を楽しんで、
素敵な経験をさせてもらった子ども達。

100万回のありがとうです、スマップ。

東日本大震災 | 17:31:03 | トラックバック(0) | コメント(4)
地図作り 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
復興、急ピッチで進んでいますが、
まだまだこれから。
そんな中でも、当面の生活は続いているわけで。

当然ですが、物の調達が困難です。
車を運転出来る人は町外で買ってこれるけど、
そうでない人達は不自由な生活を送っています。
そのちょっとした「不自由」が、
積み重なって大きなため息になって行くんですよね。

最近、高台に店舗が続々オープンしていて、
嬉しいけれど、どこにあるのかわからないって、ご老人談。
そもそも、その高台は、
そこに縁のある人以外は生活圏になかった地域なので、
地理に疎い人が多い。
だから
「○○倉庫の角を曲がって一本目を左・・・」
などと口で説明しても、イマイチ伝わりにくいのです。

だから、地図があればなーって、話が出て、
私たちも買えるなら町で買いたいよねって、膨らんで、
地図、作ろうってなって。

昨日、友人と高台を歩きました。
私自身も、謎の多かった地域が解明され、健康的に歩け、
何よりいろんな人と話が出来て、めっちゃ楽しかった~!!
そして、店舗地図のラフというお土産つき。^^

あとは、最新版の住宅地図を手に入れて、
情報を整理して、写真も貼れると完璧。
でも、今、欲しいものだもの、
なるべく早く人に見せたいな。

なんの伝手もないけれど。^^;;;

「何もかもプラスに考えるのは無理だけど、
 自分の出来る範囲で、
 新たな楽しみを見つけていこう」

乗り越えてきた友人の言葉です。
楽しい気持ち、受けたいし、伝えたい。
それが復興の原動力になりそう。

今、ここ、わたし、わたしたち。
身の丈を意識して。

東日本大震災 | 10:42:10 | トラックバック(0) | コメント(4)
娘の日記 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
捨てモードに入った私、
うずたかく積んであった廃棄本を束ねようと、
最後の一山に手をかけて、
待てよ、と思ったのです。
第六感ですね、母親の。

一冊ずつ確認してたら、見つけました、

娘の日記。

いや、土日にあったことを書くという単なる週末の宿題ノートですが。
でも毎週先生が温かいコメントをくれるので、
交換日記みたいに楽しんで何ページも書いてました。

3月11日は金曜日。
でも、記載があったんです。

~今日、ほけんセンターのまえで、しんど六のじしんがありました。
 (娘)と(友達)ちゃんはいっしょにピアノにいくとちゅうだったので、
 まどや車がゆれてたので、びっくりしました。ほけんセンターの人がきて、
 (友達)ちゃんと(娘)を、うででおおってくれました。
 わたしが、「ありがとうございます。」といったらほけんセンタの人が、
 「どういたしまして。」といってくれました。そしてセンターの人が、
 「学校にいきなさい。」といいました。ゆうとうりに学校にいこうとして、
 さかのとちゅうで(友達)ちゃんと(友達)ちゃんと
 (学童の先生)とあいました。~

これが全文、記述のままです。
そう、彼女は下校中に地震に遭い、
津波が来た現場から、高台の学校まで引き返したのでした。

金曜日は、学童へ行かず、学校から直接ピアノ教室へ行く日でした。
11日は帰りの会が長引いて、急いでいたと言っていました。
ピアノ教室は海の近くです。
教室は、素敵なグランドピアノごと全て流されてしまいました。
もう少し地震が遅かったら。
「学校に行きなさい」と言ってもらわなかったら。
キッチリしてる娘のこと、予定通りピアノ教室に行って、
誰もいなくて途方に暮れて、そして・・・。

道路も寸断されて駆けつけること叶わず、
もう、ホントにホントに心配でした。
普段なら絶対ピアノ教室にいる時間でしたので、
かろうじて通じていたドコモの携帯を借りて、
ピアノの先生に「娘をお願いします」と、メールさせてもらったのを覚えています。
そのメールのせいで、
地震後すぐに自宅方面へ帰ったというピアノの先生には、
心配かけてしまって・・・ゴメンなさい。TT
私も、「教室には来てなかったの」と聞いて、
!!!!!!!

その情報、イラネー!!

でしたが。^^;;;;
今思えば、ホントに非常時ですね。
みなが混乱していて、とりあえず動かなくちゃ、って。
でも、確かにありました、お互いがお互いを思う心。
混乱の中にも感謝を感じていました。
先日ピアノの先生にお会いして、無事を喜びあって、
あの時の何とも表現しにくい感情を思い出しました。

娘をおおってくれた保健センターの方、
学校まで連れて上ってくれた学童の先生、
娘のことをずっと心配してくださったピアノの先生、
学校で娘を守ってくださった先生方、
親が行けない夜、娘と一緒に過ごしてくれたママ友達、
本当に本当に、ありがとうございました。


さて日記。
一体いつ書いたのか、本人も「覚えてな~い」って。
内容から考えると、戻ったところまでしか書かれていないので、
たどり着いた学校で書いたのかしら。
明らかに娘の字。
しかも走り書き、ええ、2年生の走り書きなので、
もう、なんというか、緊迫感・・・お宝です。


あぁー、つくづく、あのまま捨てなくてよかった!
ということで、
捨てギア、一気に減速。^^

東日本大震災 | 06:10:33 | トラックバック(0) | コメント(2)
下がるぅ~ 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
都心では今年一番の暑さですってね?
午前中に36度越えとか、yahooニュースでみました。
1ヶ月前の避難地激夏を思い出し、
覚悟して買い物に出たら、

さむっ!!!

窓から見た景色では夏っぽかったのに、
空気はすっかり秋でした。
道路脇の温度計は19度。
さっきのは、夏の終わりの雷雨だったのかしら。
やっぱり来るんだ、秋、そして冬。
気温もだけど、テンションも下がる。

そして、町内で買い物。
欲しい物はやっぱりなくて、↓↓↓
やなベクトル。
涙をのみこむ。
物がないのが哀しいんじゃないんだけど。

笑っていたいよー。おーい。

東日本大震災 | 14:10:35 | トラックバック(0) | コメント(0)
被災地の運転 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
自宅での生活が始まりました。
ひきこもり大掃除により居住空間がなんとか確保できたので、
次は、外回りへ。
といっても、
読めなくなった通帳の復活とか、気の利いた買い物なんかは、
隣町まで行かなくちゃ難しいよう。
そのへん溜めといて、今度の週末かな。
被災地生活は段取りが大切ですね。

今日は、移動郵便局へ行きました。
オレンジ色のトラックに、簡易タープの局。
ATMもあるんです。
一緒に切手を貼ってくれた局員さん、ありがとうございます!

ウチからは、どこへ行くにも津波が来たところを通ります。
久しぶりに被災地の運転。
今日はフリーマーケットがあるらしく、交通量も多めだったのかも。
道の脇には、事故したての車がありました。
こわかったー。
そう、
必要なのは、

運転のセンス。

私にナイもの。(((((((( ;゚Д゚))) )))))

信号がない国道がらみの交差点で、
ウインカーを出した車が面付き合わせてて、
え?だれが最初?
って思ってたら、
バックミラーがトラックでいっぱいになってて、
え?わたし??
って。
出ようとしたら、直進車が来て、おぉーーーっ!って。(((=_=)))

店舗の駐車場は狭いし、
宿敵トラック多いし、
細い道からの右折はいつまでたっても入れないし、

「前の人についていけばいいじゃん!」

娘は助手席でうるさいし。
あ、でも、それは真理だ!と思ったり。
いやいや違うか、とブレーキ踏んだり。
そんな感じで、
信号のないところの運転は、瞬時の判断の連続でした。
「すぐ」とか「とっさ」とか、
一番苦手な分野ですよ。
あぁぁぁぁぁ~~~~。
900キロの運転でついた自信、早くも崩れ去る予感。
運転への苦手意識、克服したいなぁ~。
車、ますます必須なんだもの。
そんな私への、娘の助言。

「少しの隙間を見つけたら、
 シュン!!!って入るんだよっ!」Σ(・ω・ノ)ノ!

あんたは、事故るから。
いや、わたしか。TT

東日本大震災 | 13:16:04 | トラックバック(0) | コメント(1)
捨てる 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
ここ3日、家から出ていません。
こもってますね-。
ええ、大掃除です。
ゴミ袋は5つになりました。

支援していただいている時に、
物を捨てるなんて不謹慎な気がして、
思い出もあるのにって、躊躇していました。
右や左に動かしたり積んでみたりと、悪あがいてました。
でもでも、もう、限界。
圧倒的に場所がない!!!
これは物理的に不可能なのだ!
と、自分を諭し。
捨てる基準は、
「過去の物は捨て、未来に生きるものを残す」
単純明快に設定し、感情を抜いて機械的にやっています。
捨てるって、私にとってはすごく大変なことなのです。

でも、こうやって苦労して手に入れた捨てギアは、
かなり有効のよう。
こもって3日、1階は通常の空間になりました。
いや、以前より広いか。
そのぶん、2階がヤバいけど。あぁTT
でも、いつも居るリビングがスッキリしているのは、いい。
そして感じたのは、

精神的な余裕。。。

スッキリした空間は、心の平穏に効果的です。
そして、それは、今の私たちに大切なこと。
というわけで、
物置をもう一棟建てることにしました。
痛い出費ですが、仕方ない。
捨てギアも限界で。^^;

ゴミ袋に入れていて思ったのは、
物は、物でしかないってこと。
思い出すきっかけでしかないですね。

思い出の本体は、心に。
そして、それは、捨てられない。

東日本大震災 | 17:37:59 | トラックバック(0) | コメント(0)
じゆうちょう 「子育て奮闘記f(^_^;)(352032)」
わた家、依然として大掃除中です。

4ヶ月ぶりに戻った我が家は、支援物資王国でした。
日本中、世界中の方々の温かい心の詰まった、
豊かな部屋でした。豊かすぎて、
寝るとこない!
いやむしろ、
見えん、見えん、寝ちゃえ!ってレベルか。^^;

特に水。
韓国にフィンランド、ドイツ、カナダ、パプアニューギニア、
などなど、
リビングで軽く世界旅行出来ちゃいます。
ま、水だけですがね。
ヨーロッパの水は、炊飯すると黄色くなるとか。
周辺では、硬水は人気イマヒトツ。
ここの最高美味しい軟水で育った人には、そうかもなぁ。
私は単純に、飲み比べがすごく楽しい♪
意識して、味わわせていただこうと思います。

そんな物資が種別毎に整理され、居住空間が出現し、
やっと昨日から、
避難先から運んだ荷物を解くことが出来るようになりました。
と同時に、
かねてからの案件、子ども部屋の設置にも着手。
なんてオオゴトに発展させるもんだから、
腰に重篤な爆弾を抱えるダンナさん、さすがに気の毒でしたが。^^;

昨日は大きな家具の移動だけで力尽きたので、
今日は細々したものの片付けを。
コレが一番大変なんですが。

学校用品、昨年度の物を整理していたら、
娘のじゆうちょうがワンサカ出てきました。
そして、作業が進まない!
見入っちゃって。

娘画伯

ネコ、コエぇー!

子ども達 | 22:02:26 | トラックバック(0) | コメント(2)
卒業式 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
8月13日は、勤務校の卒業式でした。

約5ヶ月前、3月11日は、
翌日の卒業式のために、準備の大詰めでした。
午前中は、式の段取りや合唱の総練習をし、
午後は、校庭や校舎の掃除、体育館でも会場設営を。
みなが晴れの門出を思い描いて。

そして、午後2時46分・・・。

津波の後は、避難所となった体育館。
紅白幕の下で毛布にくるまる生徒たち、
泥に汚れたレッドカーペット、
ストーブの周りに並ぶパイプ椅子、
配給のおにぎり。
ミスマッチな眼前の光景を全く実感出来ず、
ボンヤリとしてた頭に、不意に
「今ごろは卒業式だったんだよなぁ」
って冷静な言葉が浮かんできて、
切なかったのを思い出します。

そして昨日の卒業式。
校庭には仮設が建ち、前日には避難所が閉鎖されました。
これは、3年生だけじゃない、
町の人みなにとっての区切りだったように思います。

送辞、よかった。
「ボクは、この町が大好きです」って。
大、好きって。
自信に満ちた宣言は、先輩たちだけじゃなく、
会場にいた全ての人に、響いたと思います。

そして、みなで一緒に歌った
「きっとまた逢える」
ググっても出て来なかった、誰の歌なんでしょう。
通常時でも染みる歌詞ですが。

「今も心に残る海は 
 ともに過ごした日を歌って
 それは変わることのない絆
 新たな道へ進んでも 忘れはしない
 大切な思い きっとまた逢える」

効きました。


変わっていくもの、
変わることのないもの、
選択する覚悟、行動。
思い悩んでも、震災なんて起こっちゃう。
過去は戻らないし、未来はわからない。

今を大切に、精一杯生きよう。
やっぱり私は、今日も一日。

東日本大震災 | 08:41:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
見てるよ 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
友人を送って高速バスのりばへ。
高台のホテルから眺めた湾には、養殖ブイ?
船もたくさん。

漁業再開

震災後5ヶ月。
町は確実に前に進んでる。
友人は日常へ帰っていく。
私もがんばんなくっちゃな。


根っこを、浮いた泥塊に絡みつけて、
一生懸命に、まっすぐに、
人間の姿を見てました、

ひまわり

ひまわり。


ひまわり2

東日本大震災 | 13:16:14 | トラックバック(0) | コメント(2)
震災後の手紙 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
娘@7歳、依然として手紙フェチ。
震災後3日目に書いた祖父母への手紙が、
実家にありました。
相変わらずレインボーな雰囲気で、

額に入って。!(゚ロ゚屮)屮

東北での無事を、関西へ伝える。
電話もメールも使えない時、
900キロの距離を超えられるのは手紙でした。
しかも、手紙を託したのは、自衛隊のお兄さん。^^;
ポストもないんですもの。
軽く飛脚の世界。^m^
やっぱり、帰るのはアナログですね。
お兄さん、届けてくれて、ありがとう!!

手紙

「おじいちゃん、おばあちゃん、げんき?
 こっちはみんなげんきだよ。
 つなみこわかったね。
 金よう日は学校でねたんだよ。
 ぜんぜんたべてなかったから ぐっすりねれなかったから
 よるに三回おきたんだよ。
 土よう日には一人一つづつおにぎりをもらったんだよ。
 とてもおいしかったよ、
 でも おばあちゃんの肉にはかなわないな♪」

押さえに高級肉を要求してますがね。(* ̄m ̄)

あの日は、息子と娘は小学校で、
(娘は下校中で・・これについてはまた別の機会に^^;)
ダンナさんは小学校から西へ10キロくらいの職場、
私は小学校から東へ15キロくらいの職場で、被災しました。
道路は寸断、夜中津波も押し寄せていて、
安否が気になりながらも、
子ども達のところへ行く術がありませんでした。
物資も少なく、雪の降る寒い夜、
みんな眠れない夜を過ごしたのですね。
娘は友達と3人で1つの毛布を分け合ったそう。
息子は、

「机を布団にした」

・・・そうですが。(* ̄Oノ ̄*)

土よう日、小学校へおにぎりを炊き出して下さった方々、
本当にありがとうございました。
どんなにおいしかったことでしょう!
娘的に最高レベルの「おばあちゃんの肉」と比べるなんて。^^

あと、
「つなみこわかったね」
って、同意を求めてるのがおかしいんじゃ?と思ったら、
表現的には正解。
日本全国で津波が来たと思っていたらしいです。
平和な関西へ来て、「あれ?」ってなって、
状況を知ったら、「ずるーいっ!」って。

自然災害の恐ろしさ、世の中の不条理、
いろいろ学んでますね、7歳。^^

東日本大震災 | 04:04:38 | トラックバック(0) | コメント(5)
被災地での食事 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
私、台所暦長いです。
大学時代も合わせたら、20年近くなるのかなぁ。
もう中堅ですよね。

あ、でも、
一人暮らしの時は、炊事なんてほぼ皆無。
無くなった~~!と泣いていた英英辞典が、
引っ越しの時に炊飯器から出てきてビックリってくらいですから。(* ̄m ̄)
結婚しても、
最初の4年は、街の生活の恩恵で生きてました。
高島屋デリ大好き。
1年間で米は2キロしか減りませんでしたっけ。

液体では、その数十倍も減ってたのに。(* ̄m ̄)

そんな私も、田舎へ行って母になり、
だいぶ進化いたしました。人間やれば出来るもんです。
台所暦、正確には10年そこそこか。f^^;
でも、その変化の一部始終を見ていたダンナさんは、
感無量でしょう。
といっても、平均値レベルですがね。
ゼロからイチの変化はでかい。^^)v

今回の被災地生活では、日々の炊事能力が役に立ちました。
平均値でも。
冷えない冷蔵庫内のものをいかに早くやっつけるか。
偏った配給品をいかに無駄なく変化に富ませて食べるか。
電子の力を借りず、火だけでどこまでやれるのか。
脳みそフル回転ですからね。
つくづく、台所仕事はクリエイティブ!


最初の3日、私たちを支えてくれたのは、
めかぶ
めかぶ。^^
海辺の工場が津波でやられ、冷凍庫内の食料を分けて下さっていたのです。
配給は毎回めかぶ。しかも山盛り。ヾ(  ̄▽)ゞ
すごく、すごくおいしかった。
普段は殆ど食べない子ども達も、飲み物のように飲んでいました。
でも、めかぶはあれですね、
つゆ掛けてそのまま素直に食べるのが一番ですね。
何かに混ぜると、全部めかぶになります。^^;;;

配給は毎回おにぎりをいただけました。
毎回梅干しでは飽きるので、雑炊やチャーハンも作りました。
おにぎりピザも好評だったな。
でも一番は、マヨネーズごはん。
私の中ではB級度ナンバーワンの、立ち入れない区域だったのですが・・・
おいしかった!
一気にマヨラー度アップです。

そうそう、キャベツの配給があったときは、お好み焼きをしましたよ。
ソースがおいしかった。
ソースって深い味ですねぇ。^^
シュウマイの皮の残りを入れたコンソメスープも、
とろみが出ておいしかった。
そして、
配給所で分けてもらった、神戸の方々の炊き出しの豚汁!
具だくさんで、温かくて、息子なんておかわりしちゃって、
相変わらずで、泣けました。^^;

あと、アメリカかな、湾に軍艦らしき大きな船を見た日は、
配給も一気にアメリカン。
シリアル系がたくさん届きました。
その中にバナナがあったのですが、
これが、もう、どうにも、原型をとどめてなくて・・・TT
でも捨てるのはありえなかったので、
焼きましたよ、牛乳パックでバナナケーキ。

もちろん、オーブンは使えないので、
ストーブ
オン・ザ・ストーブ!
平たい鍋に割り箸で底上げして、アルミ箔を掛けて、フタをして。
でもやっぱり火加減が難しかった-。
1回派手に失敗しました。
今度は蒸しケーキにしようと思ってます。

今度、要らないけど。^^;;;

あと、嬉しかったのは、味噌。
一昨年前、平成10年冬に仕込んだのを、物置に発見。
まったく忘れておりました。なんて薄情な。
夏の猛暑を、蒸し風呂のような物置で、一人堪え忍んだ味噌。
恐る恐る開けてみると・・・

ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε= ヒイィィィ!!!!( ̄⊥ ̄ノ)ノ

みそ

おいし~~~っ!!!ヽ(゚◇゚ )ノヽ( ゚◇゚)ノ
丸みがあって柔らかで、ホントにおいしい味噌でした。
焼きおにぎり、しないまま離れたのが、くやしいです。

そして、一番嬉しかった配給は・・・

笹寿司

金沢の芝寿司さんの笹寿司が、一人一パック配られました。
魚の酢締めがのってた~~~!q(T▽Tq)(pT▽T)p
その晩は、夢にも出ましたよ。^^;
B級グルメ、乾いた菓子、あり合わせだった食卓が、
なんと温かくなったことでしょう。
優しいお手紙には心まで満たされました。

いつか落ち着いたら、金沢の芝寿司、行ってみたいです。

東日本大震災 | 03:46:22 | トラックバック(0) | コメント(7)
3月11日のこと 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
あの日は、翌日の卒業式の準備をしていました。
私は生徒達と一緒に、台を飾る布を作成中。

そろそろ6時間目も終わっちゃうな、
今日は放課後も準備かなと、
ちょっと憂鬱な気分でミシンをかけていると、揺れが来ました。
その最初は、
突き上げるとか突然とか、驚くものではなく、
「またか」って思ったの覚えています。
まぁ、生徒達もいるし、
マニュアルどおり、机の下に潜るかなってくらいで。

でも、揺れはなかなかおさまりませんでした。
揺れ幅が小さくなって、そろそろ終わるかなと思うと、
またグワングワンと。
それは、木の枝を揺らすようなものでなく、
大木の幹を移動させるような、力強い揺れでした。
被服室の大きな机が左右にずれてましたもの。
そういう大きな波が2,3回、全部で3分くらいあったでしょうか。

重い防火扉が閉まる音が、耳に残っています。
ただ事ではないとの警鐘。
すぐに脳裏をよぎったのは、先のNZの地震での建物倒壊。
校舎からでなくちゃ。
過呼吸?で動けないという大きな生徒を担いで、2階から校庭へ。
火事場の○○力ってホント。

中学校はその後避難所にもなった山の上だったので、
とりあえず、待機。
町中に大津波を告げる防災無線の声が聞こえていました。
心配そうに町を眺める人達が、フェンス越しに並びました。
そのうち、中学校のすぐ下にある小学校からも
多くの人が逃げてきて、なぜ?って思ったんです。
だって、そこも高台だから。
でも、津波はそこまで来てました。
余震は絶えないし雪も降ってきて不安なところへ、大きな雷が鳴りました。
後になってわかるのですが、
それは、海にかかる大きな橋が落ちた音でした。
中学校もあぶないと、さらに山の上へ。
そこへ上がって驚きました。

町が、海でした。

大津波って、
サーフィンなどのビッグウェーブを思ってました。
バッッシャーン!って来るヤツ。
違いますね、あれはホンのプロローグ。
津波は、
波じゃなくて、海。
線じゃなくて、面。
もっと地球の本体で、地味に、確実に、破壊するもの。

遠くを見ると、
まっくろの海の上、彼方まで白浪が順番待ちしてて、
次から次へとこちらへやってきます。
近くの斜面を見ると、
水が少し引いたかなと思うと、またやってきて、
さっきよりもっとやってきて、
3歩下がって、5歩進む。
水が山を登っていました。

尋常じゃない自然の猛威を眼下にして、
「おかあさんが、死んじゃった」
と、泣きじゃくる生徒。
私は「大丈夫」と言えませんでした。
ただ、ただ、一緒に心配するだけで。
言ってあげるのが先生なんでしょうか。
まだよくわかりません。

私も家族が心配でした。
特に、時間的に下校していたであろう娘が。
考え出したら、私の機能、全てが停止。
でも携帯は圏外、道路は寸断、連絡の取りようがありませんでした。
それに、目の前には不安げな生徒達。
避難に来る人はどんどん増えていきました。

その後、吹雪がひどくなったのと、
とりあえずの安全が確認されたので、中学校の体育館へ戻りました。
ぐちゃぐちゃの職員室。
あぁ、地震だったんだっけとボンヤリ思いました。
津波の衝撃が大きくて混乱してましたね。

皆でいただいたアイスプラントが机に残っていました。
英語の先生のお母さんが作ったんだって、
「おいしー!」って大騒ぎしたお昼の情景。
なんかすごい前のことのようでした。

学校内の水を給水器に入れて麦茶を作ったり、
炊き出しの準備をしたり、毛布やカイロを配ったり、
生徒達が技術の授業で作ったダイナモ、使えるのを集めたり。
結構ちゃんと動いて、エライぞ!って。
ダイナモは、携帯の充電にすごい役に立ってました。
一晩中ハンドルを回し続けてる生徒がいました。
「やってるほうが、落ち着く」って。
そう、することがあるのは、嬉しかったです。
動いてないと、考えるのは悪いことばっか。

夜。心がずっとザワザワしていました。
一睡も出来なかったのは、寒かったからだけじゃない。
きっとみんな同じでしょう。
ドコモの携帯が少し通じていましたので、
先生方もみな身内の安否確認をしていました。
確認できた!と聞くと、ホントにホントに嬉しかった。
私にもその未来が来ると信じられた。

夜9時頃、炊き出しのおにぎりをもらって、美味しかったー。
でも心が他に行っちゃってて。
美味しいのに、食欲がわかないってあるんですね。

安否確認の出来ない私を気遣って、
保健の先生が校庭に誘ってくれました。
地区の人かな、数人の男性がたき火をしていました。
火の光、真っ暗闇のオレンジ、あたたかかった。
そして、
見上げたら満天の星空。
美しくて、静かで、大きくて、なんと平和なんだろうって。

一番覚えているのは、この星空。

東日本大震災 | 03:42:33 | トラックバック(0) | コメント(5)
被災地に戻っての雑感 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
また900キロを運転し、
いや、運転したのはほとんど父親だけど、^^;
立秋の夕方、被災地に戻りました。

現場を見て印象に残ったのは、
1つは、瓦礫の巨大な山。
一次置き場でしょうか、散らばっていたものを寄せているのですね。
夕日にそびえ立っていました。
それはすごく異質で、
でも圧倒的な現実で、涙が出ました。
あぁ、ここで生きていくんだなと、身が引き締まりました。

もう1つは、雑草。
雑草が繁茂していて、地面が緑で覆われています。
そう言えば、
毎年、この時期は除草作業でしたっけ。
夏は雑草が生えるって常識なのに、
私の中では、町は早春の色のない景色のまま、止まっていたのです。
その画面が、
緑、生命の色に溢れた景色へ、瞬間、変わりました。
この衝撃、なんと表現したらよいのか。
そう、不思議の国に入り込んだように、現実離れしてました。
生命に覆われた大地。
津波の現場でホッとしたのは、初めてでした。

着いた日の夜、早速地震がありました。
寝ぼけながら地鳴りを聞いて、
「ついに来たか!東南海地震!」
と思いました。まだ避難地にいると錯覚し。
今日は、体育館に居るときに地震が。
でも、誰もキョロキョロしてませんでした。
私だけ?
そう言えば、
震災後、数時間毎に来る余震には驚かなくなっていましたっけ。
これもまた慣れていくんだろうなと思います。

でも、慣れちゃいけないと思うのが、放射能。
避難地にいた頃は、福島だけじゃなくここだって、
キケンとの認識でした。
東京だってあんなに敏感になってるのに、
原発から200kmも離れていませんし、
隣町の稲わらからは基準値以上検出されたと大騒ぎされてましたし。

でも、子ども達、外でフツーに遊んでます。
長袖長ズボンにマスクって、ムリムリ。
暑いし。
家の中は物置みたいになってるし。^^;

親達は、子どもの未来を心配しています。
でも、今に安心したい気持ちがいっぱいです。
もう哀しい苦しいは充分味わいましたから。
だから報道を信じて、今日を楽しく生きようとしているのです。
でも・・・。
くよくよ思い悩むのが一番良くないんだろうなと、
でも慣れちゃいけないと、葛藤中です。

ファミマが再開していました。
荒野にポツンと、でも力強く建つプレハブの店舗。
見て、娘が一言、

「種を撒いてたんだね」

震災前にあったファミマがお母さんで、
津波でやられるまえに、種を撒いてたと。
そして芽が出た、今の店舗。
は、子ども。
これから大きくなっていくんですって。

ファミマも、子どもも、町も、
元気に、すくすく育ってほしい!

東日本大震災 | 03:38:27 | トラックバック(0) | コメント(3)
避難終了。 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
あぁ、この日が来ました。
今夜、戻ります。避難地から被災地へ。

当初、4月の中旬には戻るつもりだったのが、
二転三転、四転五転し、4ヶ月と微調整を経て、
とうとう今夜に最終決定です。
車に載りきらない荷物は、一足先に行っちゃった。
そろそろ自宅へ着く頃かな。

ホントにホントに、楽しく充実した避難生活でした。
子ども達は貴重な異文化体験を、
私は大切な思考の時間を、
たくさんの人の温かい気持ちに囲まれて、
幸せな4ヶ月でした。

でも、少し前にも書きましたが、
これはあくまでも避難。期間限定。
来年のことどころか、
来週のことでさえ、
言ったら鬼に笑われそうなレベルで予定がたたなくて、
落ち着かなかった。
私でさえこんなです。
避難所の人達のご心労、いかばかりでしょう。
今月中には全町民が仮設住宅に移れるとのこと。
移ったとしても「仮」の住居ですが、
私達も今後どうなるかわからないし、
それはそれ。
仮でも大切な今をしっかり生きようと思います。

そもそも、人生そのもの仮住まい。おぃ。^^;

息子が悩んでいました。
「転校のあいさつ、どうしようかなぁ」
だいたい知っている人ばっかりだし、
自己紹介もナイなぁって。
たしかに。^^;

「どーも。ちょっと関西人でしたー」

って言ったらヒカれるよなぁ、って。
いや、母はいいと思う!
東北人と関西人、だいぶ違うけど、笑いは人類共通なはず。
それを自分が楽しめるなら。相手が笑顔になれるなら。
やれたらまたヒトツ成長だなぁ。
いいと思う!大きな一歩。

たとえ、どんビキされちゃっても。ヾ(  ̄▽)ゞ

震災避難(実家にて) | 09:45:19 | トラックバック(0) | コメント(5)
くるしゅうない。
冷蔵庫を開けて、あれれ?って。

シュークリームが1つ。

お昼にナイショで食べようと、
1つ買ってきてたのを、
すっかり食べるの忘れてて。

子ども達に見つかると、
1つは必ずバトるから、
その前に!って慌ててね、
わざわざコンビニに走って、
やっぱり私も食べたいから、
もう2こ買って来てたのに。

冷蔵庫には1つ。

あの2つどこ行った?
自転車のカゴに入れっぱなし?
あ、そういや、中庭に?
洗濯物に紛れてる?
どれもハズレ、ありません。

うーん、うーん、・・・いや、まさか!

買ったこと自体が、夢!?
いやいや、そこまででは。f^^;;; (近いけど^^;)
電話したらありました。
そう、コンビニに。

あのとき、通販の支払いして、
なんだかおつりがおかしくて、
それも2回もおかしくて、
レシート合ってる?ってギンギン見てたら、

忘れたらしいよ、シュークリーム。

いやーん、恥ずかしい。
おじぃから息子への流れ、確実に私経由だわー。TT

そして、大事なシュークリーム。
取りに行きましたよ、コンビニ。
そしたら、
なんと、店の人が平謝り!!∠( ゚д゚)/
そう言えば、コンビニってレジ打った後、
商品の入った袋を、
直接手渡ししてくれますね?
あれ、あの時の人、なかったのかも。
お互い、金でテンパッてたからなぁ。

そっかぁ~、
そっちの不手際かぁ~。

そっかぁ、そっかぁ。

くるしゅうない。>( ̄^ ̄)<

つれづれ | 21:55:04 | トラックバック(0) | コメント(1)
ぞくぞくした! 「今日の出来事(966364)」
娘、「カフェでお茶」にはまってます。
一番好きなのは、
11階のモロゾフティルーム。
平日のランチに連日来る母娘。
って、あやしい?よね。
お財布的にも健全ではないのだけれど、
でも、娘の輝く目を見ると、行っちゃうんだ。
あぁつくづく現実逃避。^^;

そこからの帰り道、9階は宝飾品売り場です。
てこてこ先を行く娘。
よろっとガラスケースに寄ってみたり、
ひょろっと器に手が伸びてみたり、
"warning!!"((;゚Д゚)) "warning!!" ((;゚Д゚))
って感じでした。
そんな彼女が立ち止まった所に、

山水画!!

しぶいなぁ~と思って近づくと、
彼女はその下にあった額に釘付けだったのでした。
御木幽石。
お地蔵さんやねこなどの優しいイラストと、
穏やかな言葉の書で、癒される作品です。

いろんな種類がありましたが、
私は、1つの絵に吸い寄せられました。
それには、このブログの題名から始まる書と、
娘が書いたようなカラフルな山が描いてありました。
物欲の少ない私、
めずらしく欲しいなぁと思いました。
震災後強く意識するようになった縁を感じて。
それと。
津波で町が崩壊し、放射能も心配な被災地。
いろいろあると思うけれど、
心だけは元気でありたいなと。
今の落ち着いた気持ちを保ち続けたいなと。
そういった思いの拠り所が欲しいなと・・・

買っちゃう?うふふ?(* ̄m ̄)

セレブ気分に酔いしれそうになったとき、
私の前に立ちはだかったもの!
一刻の猶予もない現実!ドーン!
しゅーりょー!(_△_;
そんなモロゾフマジックが2回ありました。

そうやって2度さよならした絵です。
が!
その絵を、
今日、友人が、

プレゼントしてくれたんですっっ!!!(T▽T)

包みを開けて、
その言葉が、カラフルな山が見えたとき、
叫んでました。
ぞくぞくしました。
総毛立ちました。
立毛筋、大活躍。
髪の毛を束ねていたのが残念です。

ありがとう!
きっと、私たちのことを心から思いやってくれたんだね。
それがこんなミラクルにつながったんだ。
絵ももちろんだけど、その気持ちが何より何より嬉しい。TT
本当に本当にありがとう!

この絵を見た娘は、モロゾフ帰りの絵と同一を確認し、
「すごいー!」って、
細い眼を二倍にして、

「私もね、
 キャンプで歯磨き粉が同じ子がいたんだよ!!」(ノ*゚▽゚)ノ

ビックリつながりか。^^;;;


震災後、ホントにホントに、たくさんの縁を感じています。
素敵なつながりの中に入れてもらえてるという喜び。
日々に、ひとに、感謝して、
明日も明後日もこれからも、今日も一日。


「今日もいちにち
 感謝 感謝
 すべてに 感謝」 by御木幽石

震災避難(実家にて) | 06:53:48 | トラックバック(0) | コメント(4)
読書感想文 「子育て奮闘記f(^_^;)(352032)」
息子が、読書感想文を書いていた。
「トムソーヤの冒険」で。

二つのテーマを発見したそう。
1つめは、
「大金持ちが本当に幸せかどうか」
2つめは、
「トムが冒険を続けられた友達の存在」

ね、面白い感想文が書けそうでしょう?

でもね、
さっき友達が誘いに来てくれて、
3秒で消えちゃった。

やっぱ、大事なのは自分の冒険の方よね。^^;

子ども達 | 11:36:54 | トラックバック(0) | コメント(4)
4ヶ月を振り返って 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
うーん、買ってしまった、
作文集「つなみ」

震災に関して、
子ども達が等身大の現実を書き綴った文章が集められています。

正直に言うと、
こういうの、読むのつらい。避けたい。
一度はスルーしました。
でも、店に戻って買ってました。
忘れちゃいけないって、引っ張られて。

でも、読めないんだよなぁ~。

それはレビューにあるような、涙が出て・・という
気持ちの高ぶりで読めないんじゃなく、
読んでも気持ちが上滑りする感じ。
なんだろう、この感覚。
世間はどんどん次へと進んでいるのに、
私は入っていけない。作文さえ読めない。
一体いつ読めるようになるんだろう・・・と、
自分の4ヶ月を振り返ってみると。

毎日平和で、気持ちも安定してて、
笑いに満ちあふれた生活でした。
充実してて幸せな日々でした。
でも、
やっぱり、避難は、避難なんだ。
生活じゃなくて行事?というか、
とりあえずな感じ、イレギュラーな状態。
楽しいけれど期限付き。
あちらを忘れるわけにはいかないから、
仮住まい感が抜けなくて、
気持ちは宙ぶらりんだったのです。

私の復興は、
やっぱりあそこからでないとダメなのか。
戻れることに感謝なのか。
フクシマの人々にも想いを馳せて。

避難生活、残り1週間を切りました。
いろいろ思うことはありますが、戻ります。
たくさんたくさん考えて、行動して、会って、
濃くなった4ヶ月でした。

関わってくれた温かい全ての人に、
ホントに、ホントに、ありがとう。。

震災避難(実家にて) | 09:44:28 | トラックバック(0) | コメント(0)

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