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わたひめ

Author:わたひめ
高校3年生の天然息子と、中学3年生の小姑娘の母親です。
関西出身東北在住17年目、笑門来福、日々是精進の日記です。

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震災後の手紙 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
娘@7歳、依然として手紙フェチ。
震災後3日目に書いた祖父母への手紙が、
実家にありました。
相変わらずレインボーな雰囲気で、

額に入って。!(゚ロ゚屮)屮

東北での無事を、関西へ伝える。
電話もメールも使えない時、
900キロの距離を超えられるのは手紙でした。
しかも、手紙を託したのは、自衛隊のお兄さん。^^;
ポストもないんですもの。
軽く飛脚の世界。^m^
やっぱり、帰るのはアナログですね。
お兄さん、届けてくれて、ありがとう!!

手紙

「おじいちゃん、おばあちゃん、げんき?
 こっちはみんなげんきだよ。
 つなみこわかったね。
 金よう日は学校でねたんだよ。
 ぜんぜんたべてなかったから ぐっすりねれなかったから
 よるに三回おきたんだよ。
 土よう日には一人一つづつおにぎりをもらったんだよ。
 とてもおいしかったよ、
 でも おばあちゃんの肉にはかなわないな♪」

押さえに高級肉を要求してますがね。(* ̄m ̄)

あの日は、息子と娘は小学校で、
(娘は下校中で・・これについてはまた別の機会に^^;)
ダンナさんは小学校から西へ10キロくらいの職場、
私は小学校から東へ15キロくらいの職場で、被災しました。
道路は寸断、夜中津波も押し寄せていて、
安否が気になりながらも、
子ども達のところへ行く術がありませんでした。
物資も少なく、雪の降る寒い夜、
みんな眠れない夜を過ごしたのですね。
娘は友達と3人で1つの毛布を分け合ったそう。
息子は、

「机を布団にした」

・・・そうですが。(* ̄Oノ ̄*)

土よう日、小学校へおにぎりを炊き出して下さった方々、
本当にありがとうございました。
どんなにおいしかったことでしょう!
娘的に最高レベルの「おばあちゃんの肉」と比べるなんて。^^

あと、
「つなみこわかったね」
って、同意を求めてるのがおかしいんじゃ?と思ったら、
表現的には正解。
日本全国で津波が来たと思っていたらしいです。
平和な関西へ来て、「あれ?」ってなって、
状況を知ったら、「ずるーいっ!」って。

自然災害の恐ろしさ、世の中の不条理、
いろいろ学んでますね、7歳。^^

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東日本大震災 | 04:04:38 | トラックバック(0) | コメント(5)
被災地での食事 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
私、台所暦長いです。
大学時代も合わせたら、20年近くなるのかなぁ。
もう中堅ですよね。

あ、でも、
一人暮らしの時は、炊事なんてほぼ皆無。
無くなった~~!と泣いていた英英辞典が、
引っ越しの時に炊飯器から出てきてビックリってくらいですから。(* ̄m ̄)
結婚しても、
最初の4年は、街の生活の恩恵で生きてました。
高島屋デリ大好き。
1年間で米は2キロしか減りませんでしたっけ。

液体では、その数十倍も減ってたのに。(* ̄m ̄)

そんな私も、田舎へ行って母になり、
だいぶ進化いたしました。人間やれば出来るもんです。
台所暦、正確には10年そこそこか。f^^;
でも、その変化の一部始終を見ていたダンナさんは、
感無量でしょう。
といっても、平均値レベルですがね。
ゼロからイチの変化はでかい。^^)v

今回の被災地生活では、日々の炊事能力が役に立ちました。
平均値でも。
冷えない冷蔵庫内のものをいかに早くやっつけるか。
偏った配給品をいかに無駄なく変化に富ませて食べるか。
電子の力を借りず、火だけでどこまでやれるのか。
脳みそフル回転ですからね。
つくづく、台所仕事はクリエイティブ!


最初の3日、私たちを支えてくれたのは、
めかぶ
めかぶ。^^
海辺の工場が津波でやられ、冷凍庫内の食料を分けて下さっていたのです。
配給は毎回めかぶ。しかも山盛り。ヾ(  ̄▽)ゞ
すごく、すごくおいしかった。
普段は殆ど食べない子ども達も、飲み物のように飲んでいました。
でも、めかぶはあれですね、
つゆ掛けてそのまま素直に食べるのが一番ですね。
何かに混ぜると、全部めかぶになります。^^;;;

配給は毎回おにぎりをいただけました。
毎回梅干しでは飽きるので、雑炊やチャーハンも作りました。
おにぎりピザも好評だったな。
でも一番は、マヨネーズごはん。
私の中ではB級度ナンバーワンの、立ち入れない区域だったのですが・・・
おいしかった!
一気にマヨラー度アップです。

そうそう、キャベツの配給があったときは、お好み焼きをしましたよ。
ソースがおいしかった。
ソースって深い味ですねぇ。^^
シュウマイの皮の残りを入れたコンソメスープも、
とろみが出ておいしかった。
そして、
配給所で分けてもらった、神戸の方々の炊き出しの豚汁!
具だくさんで、温かくて、息子なんておかわりしちゃって、
相変わらずで、泣けました。^^;

あと、アメリカかな、湾に軍艦らしき大きな船を見た日は、
配給も一気にアメリカン。
シリアル系がたくさん届きました。
その中にバナナがあったのですが、
これが、もう、どうにも、原型をとどめてなくて・・・TT
でも捨てるのはありえなかったので、
焼きましたよ、牛乳パックでバナナケーキ。

もちろん、オーブンは使えないので、
ストーブ
オン・ザ・ストーブ!
平たい鍋に割り箸で底上げして、アルミ箔を掛けて、フタをして。
でもやっぱり火加減が難しかった-。
1回派手に失敗しました。
今度は蒸しケーキにしようと思ってます。

今度、要らないけど。^^;;;

あと、嬉しかったのは、味噌。
一昨年前、平成10年冬に仕込んだのを、物置に発見。
まったく忘れておりました。なんて薄情な。
夏の猛暑を、蒸し風呂のような物置で、一人堪え忍んだ味噌。
恐る恐る開けてみると・・・

ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε=ε= ヒイィィィ!!!!( ̄⊥ ̄ノ)ノ

みそ

おいし~~~っ!!!ヽ(゚◇゚ )ノヽ( ゚◇゚)ノ
丸みがあって柔らかで、ホントにおいしい味噌でした。
焼きおにぎり、しないまま離れたのが、くやしいです。

そして、一番嬉しかった配給は・・・

笹寿司

金沢の芝寿司さんの笹寿司が、一人一パック配られました。
魚の酢締めがのってた~~~!q(T▽Tq)(pT▽T)p
その晩は、夢にも出ましたよ。^^;
B級グルメ、乾いた菓子、あり合わせだった食卓が、
なんと温かくなったことでしょう。
優しいお手紙には心まで満たされました。

いつか落ち着いたら、金沢の芝寿司、行ってみたいです。

東日本大震災 | 03:46:22 | トラックバック(0) | コメント(7)
3月11日のこと 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
あの日は、翌日の卒業式の準備をしていました。
私は生徒達と一緒に、台を飾る布を作成中。

そろそろ6時間目も終わっちゃうな、
今日は放課後も準備かなと、
ちょっと憂鬱な気分でミシンをかけていると、揺れが来ました。
その最初は、
突き上げるとか突然とか、驚くものではなく、
「またか」って思ったの覚えています。
まぁ、生徒達もいるし、
マニュアルどおり、机の下に潜るかなってくらいで。

でも、揺れはなかなかおさまりませんでした。
揺れ幅が小さくなって、そろそろ終わるかなと思うと、
またグワングワンと。
それは、木の枝を揺らすようなものでなく、
大木の幹を移動させるような、力強い揺れでした。
被服室の大きな机が左右にずれてましたもの。
そういう大きな波が2,3回、全部で3分くらいあったでしょうか。

重い防火扉が閉まる音が、耳に残っています。
ただ事ではないとの警鐘。
すぐに脳裏をよぎったのは、先のNZの地震での建物倒壊。
校舎からでなくちゃ。
過呼吸?で動けないという大きな生徒を担いで、2階から校庭へ。
火事場の○○力ってホント。

中学校はその後避難所にもなった山の上だったので、
とりあえず、待機。
町中に大津波を告げる防災無線の声が聞こえていました。
心配そうに町を眺める人達が、フェンス越しに並びました。
そのうち、中学校のすぐ下にある小学校からも
多くの人が逃げてきて、なぜ?って思ったんです。
だって、そこも高台だから。
でも、津波はそこまで来てました。
余震は絶えないし雪も降ってきて不安なところへ、大きな雷が鳴りました。
後になってわかるのですが、
それは、海にかかる大きな橋が落ちた音でした。
中学校もあぶないと、さらに山の上へ。
そこへ上がって驚きました。

町が、海でした。

大津波って、
サーフィンなどのビッグウェーブを思ってました。
バッッシャーン!って来るヤツ。
違いますね、あれはホンのプロローグ。
津波は、
波じゃなくて、海。
線じゃなくて、面。
もっと地球の本体で、地味に、確実に、破壊するもの。

遠くを見ると、
まっくろの海の上、彼方まで白浪が順番待ちしてて、
次から次へとこちらへやってきます。
近くの斜面を見ると、
水が少し引いたかなと思うと、またやってきて、
さっきよりもっとやってきて、
3歩下がって、5歩進む。
水が山を登っていました。

尋常じゃない自然の猛威を眼下にして、
「おかあさんが、死んじゃった」
と、泣きじゃくる生徒。
私は「大丈夫」と言えませんでした。
ただ、ただ、一緒に心配するだけで。
言ってあげるのが先生なんでしょうか。
まだよくわかりません。

私も家族が心配でした。
特に、時間的に下校していたであろう娘が。
考え出したら、私の機能、全てが停止。
でも携帯は圏外、道路は寸断、連絡の取りようがありませんでした。
それに、目の前には不安げな生徒達。
避難に来る人はどんどん増えていきました。

その後、吹雪がひどくなったのと、
とりあえずの安全が確認されたので、中学校の体育館へ戻りました。
ぐちゃぐちゃの職員室。
あぁ、地震だったんだっけとボンヤリ思いました。
津波の衝撃が大きくて混乱してましたね。

皆でいただいたアイスプラントが机に残っていました。
英語の先生のお母さんが作ったんだって、
「おいしー!」って大騒ぎしたお昼の情景。
なんかすごい前のことのようでした。

学校内の水を給水器に入れて麦茶を作ったり、
炊き出しの準備をしたり、毛布やカイロを配ったり、
生徒達が技術の授業で作ったダイナモ、使えるのを集めたり。
結構ちゃんと動いて、エライぞ!って。
ダイナモは、携帯の充電にすごい役に立ってました。
一晩中ハンドルを回し続けてる生徒がいました。
「やってるほうが、落ち着く」って。
そう、することがあるのは、嬉しかったです。
動いてないと、考えるのは悪いことばっか。

夜。心がずっとザワザワしていました。
一睡も出来なかったのは、寒かったからだけじゃない。
きっとみんな同じでしょう。
ドコモの携帯が少し通じていましたので、
先生方もみな身内の安否確認をしていました。
確認できた!と聞くと、ホントにホントに嬉しかった。
私にもその未来が来ると信じられた。

夜9時頃、炊き出しのおにぎりをもらって、美味しかったー。
でも心が他に行っちゃってて。
美味しいのに、食欲がわかないってあるんですね。

安否確認の出来ない私を気遣って、
保健の先生が校庭に誘ってくれました。
地区の人かな、数人の男性がたき火をしていました。
火の光、真っ暗闇のオレンジ、あたたかかった。
そして、
見上げたら満天の星空。
美しくて、静かで、大きくて、なんと平和なんだろうって。

一番覚えているのは、この星空。

東日本大震災 | 03:42:33 | トラックバック(0) | コメント(5)
被災地に戻っての雑感 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
また900キロを運転し、
いや、運転したのはほとんど父親だけど、^^;
立秋の夕方、被災地に戻りました。

現場を見て印象に残ったのは、
1つは、瓦礫の巨大な山。
一次置き場でしょうか、散らばっていたものを寄せているのですね。
夕日にそびえ立っていました。
それはすごく異質で、
でも圧倒的な現実で、涙が出ました。
あぁ、ここで生きていくんだなと、身が引き締まりました。

もう1つは、雑草。
雑草が繁茂していて、地面が緑で覆われています。
そう言えば、
毎年、この時期は除草作業でしたっけ。
夏は雑草が生えるって常識なのに、
私の中では、町は早春の色のない景色のまま、止まっていたのです。
その画面が、
緑、生命の色に溢れた景色へ、瞬間、変わりました。
この衝撃、なんと表現したらよいのか。
そう、不思議の国に入り込んだように、現実離れしてました。
生命に覆われた大地。
津波の現場でホッとしたのは、初めてでした。

着いた日の夜、早速地震がありました。
寝ぼけながら地鳴りを聞いて、
「ついに来たか!東南海地震!」
と思いました。まだ避難地にいると錯覚し。
今日は、体育館に居るときに地震が。
でも、誰もキョロキョロしてませんでした。
私だけ?
そう言えば、
震災後、数時間毎に来る余震には驚かなくなっていましたっけ。
これもまた慣れていくんだろうなと思います。

でも、慣れちゃいけないと思うのが、放射能。
避難地にいた頃は、福島だけじゃなくここだって、
キケンとの認識でした。
東京だってあんなに敏感になってるのに、
原発から200kmも離れていませんし、
隣町の稲わらからは基準値以上検出されたと大騒ぎされてましたし。

でも、子ども達、外でフツーに遊んでます。
長袖長ズボンにマスクって、ムリムリ。
暑いし。
家の中は物置みたいになってるし。^^;

親達は、子どもの未来を心配しています。
でも、今に安心したい気持ちがいっぱいです。
もう哀しい苦しいは充分味わいましたから。
だから報道を信じて、今日を楽しく生きようとしているのです。
でも・・・。
くよくよ思い悩むのが一番良くないんだろうなと、
でも慣れちゃいけないと、葛藤中です。

ファミマが再開していました。
荒野にポツンと、でも力強く建つプレハブの店舗。
見て、娘が一言、

「種を撒いてたんだね」

震災前にあったファミマがお母さんで、
津波でやられるまえに、種を撒いてたと。
そして芽が出た、今の店舗。
は、子ども。
これから大きくなっていくんですって。

ファミマも、子どもも、町も、
元気に、すくすく育ってほしい!

東日本大震災 | 03:38:27 | トラックバック(0) | コメント(3)