FC2ブログ
 
■プロフィール

わたひめ

Author:わたひめ
高校3年生の天然息子と、中学3年生の小姑娘の母親です。
関西出身東北在住17年目、笑門来福、日々是精進の日記です。

■最新記事
■最新コメント
■カテゴリ
■月別アーカイブ

■カウンター

■検索フォーム

■リンク
■ブロとも申請フォーム
3月11日のこと 「東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)(991)」
あの日は、翌日の卒業式の準備をしていました。
私は生徒達と一緒に、台を飾る布を作成中。

そろそろ6時間目も終わっちゃうな、
今日は放課後も準備かなと、
ちょっと憂鬱な気分でミシンをかけていると、揺れが来ました。
その最初は、
突き上げるとか突然とか、驚くものではなく、
「またか」って思ったの覚えています。
まぁ、生徒達もいるし、
マニュアルどおり、机の下に潜るかなってくらいで。

でも、揺れはなかなかおさまりませんでした。
揺れ幅が小さくなって、そろそろ終わるかなと思うと、
またグワングワンと。
それは、木の枝を揺らすようなものでなく、
大木の幹を移動させるような、力強い揺れでした。
被服室の大きな机が左右にずれてましたもの。
そういう大きな波が2,3回、全部で3分くらいあったでしょうか。

重い防火扉が閉まる音が、耳に残っています。
ただ事ではないとの警鐘。
すぐに脳裏をよぎったのは、先のNZの地震での建物倒壊。
校舎からでなくちゃ。
過呼吸?で動けないという大きな生徒を担いで、2階から校庭へ。
火事場の○○力ってホント。

中学校はその後避難所にもなった山の上だったので、
とりあえず、待機。
町中に大津波を告げる防災無線の声が聞こえていました。
心配そうに町を眺める人達が、フェンス越しに並びました。
そのうち、中学校のすぐ下にある小学校からも
多くの人が逃げてきて、なぜ?って思ったんです。
だって、そこも高台だから。
でも、津波はそこまで来てました。
余震は絶えないし雪も降ってきて不安なところへ、大きな雷が鳴りました。
後になってわかるのですが、
それは、海にかかる大きな橋が落ちた音でした。
中学校もあぶないと、さらに山の上へ。
そこへ上がって驚きました。

町が、海でした。

大津波って、
サーフィンなどのビッグウェーブを思ってました。
バッッシャーン!って来るヤツ。
違いますね、あれはホンのプロローグ。
津波は、
波じゃなくて、海。
線じゃなくて、面。
もっと地球の本体で、地味に、確実に、破壊するもの。

遠くを見ると、
まっくろの海の上、彼方まで白浪が順番待ちしてて、
次から次へとこちらへやってきます。
近くの斜面を見ると、
水が少し引いたかなと思うと、またやってきて、
さっきよりもっとやってきて、
3歩下がって、5歩進む。
水が山を登っていました。

尋常じゃない自然の猛威を眼下にして、
「おかあさんが、死んじゃった」
と、泣きじゃくる生徒。
私は「大丈夫」と言えませんでした。
ただ、ただ、一緒に心配するだけで。
言ってあげるのが先生なんでしょうか。
まだよくわかりません。

私も家族が心配でした。
特に、時間的に下校していたであろう娘が。
考え出したら、私の機能、全てが停止。
でも携帯は圏外、道路は寸断、連絡の取りようがありませんでした。
それに、目の前には不安げな生徒達。
避難に来る人はどんどん増えていきました。

その後、吹雪がひどくなったのと、
とりあえずの安全が確認されたので、中学校の体育館へ戻りました。
ぐちゃぐちゃの職員室。
あぁ、地震だったんだっけとボンヤリ思いました。
津波の衝撃が大きくて混乱してましたね。

皆でいただいたアイスプラントが机に残っていました。
英語の先生のお母さんが作ったんだって、
「おいしー!」って大騒ぎしたお昼の情景。
なんかすごい前のことのようでした。

学校内の水を給水器に入れて麦茶を作ったり、
炊き出しの準備をしたり、毛布やカイロを配ったり、
生徒達が技術の授業で作ったダイナモ、使えるのを集めたり。
結構ちゃんと動いて、エライぞ!って。
ダイナモは、携帯の充電にすごい役に立ってました。
一晩中ハンドルを回し続けてる生徒がいました。
「やってるほうが、落ち着く」って。
そう、することがあるのは、嬉しかったです。
動いてないと、考えるのは悪いことばっか。

夜。心がずっとザワザワしていました。
一睡も出来なかったのは、寒かったからだけじゃない。
きっとみんな同じでしょう。
ドコモの携帯が少し通じていましたので、
先生方もみな身内の安否確認をしていました。
確認できた!と聞くと、ホントにホントに嬉しかった。
私にもその未来が来ると信じられた。

夜9時頃、炊き出しのおにぎりをもらって、美味しかったー。
でも心が他に行っちゃってて。
美味しいのに、食欲がわかないってあるんですね。

安否確認の出来ない私を気遣って、
保健の先生が校庭に誘ってくれました。
地区の人かな、数人の男性がたき火をしていました。
火の光、真っ暗闇のオレンジ、あたたかかった。
そして、
見上げたら満天の星空。
美しくて、静かで、大きくて、なんと平和なんだろうって。

一番覚えているのは、この星空。
スポンサーサイト





東日本大震災 | 03:42:33 | トラックバック(0) | コメント(5)
コメント
いろんなことを
覚えているようで、覚えていない夜でしたよね。
字面としては、ソラでいえるんだけど
どこか実感が沸かないというか、拒否反応が強くて他人事みたいにしてるとか そんな感じ。

余震。そういえば、始終揺れてたなあって 読んで思い出すぐらい 大した事無いと思ってしまう本震だった。
もう、揺れはずっとおさまらないんだ、このまま揺れて終わらないんだと本気で思いました。

星は見なかったの。
見る余裕がなかった。
家にいるのが怖くて、こどもを守るのに必死で
ひたすら揺れがおさまったら家に駆け込んで車に必要な荷物を積んで 寝ました。。。寒くて寒くて寒くて寝られなかった事だけ覚えます。車の窓の内側が凍ってましたっけ。

色々と思う事はあるけれど、
わた姫さんちがみんな元気で、神様に感謝です。
2011-06-06 月 20:27:53 | URL | まめちびぽち [編集]
泣いた
私も津波の映像には本当に衝撃を受けました。
全然「波」なんかじゃなかったですよね。
あれはただ「海」が押し寄せてくる感じでTVで見てるだけだって凄い恐怖でした。
2011-06-03 金 16:42:45 | URL | ayafk [編集]
星空
あまりに大きな悲しみや衝撃の中にいる時にそういうのあるってきいたことがある・・・花とか空とか、驚くほど美しく感じたりするって。
なにか、心の仕組みなのかな・・・
私も津波のイメージ、同じでした。あんな風に静かに見えてとてつもなく破壊していくなんて知らなかった。
2011-06-02 木 18:34:02 | URL | sunchan-banana [編集]
みんな
あの夜の星空のこと、印象的だって言うよね、もちろん私も。あの夜の話になると星がきれいだった話は必ず出ます。
そして、私もあの晩、食事する気になれず、眠りました。
2011-06-02 木 17:21:15 | URL | まる @^_^@)/ [編集]
あたしも
あの星空。
そしたら母もそうだって。
2011-06-02 木 15:15:43 | URL | しぃ [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する